Mar 11, 2010
雨の日はスポーツクラブで汗を流そうと
土曜日は朝から雨だった。こういうことは気分も憂鬱になる。それで娘二人を連れてこれは、このところご無沙汰だったスポーツクラブに行ってみた。昨年、我が家の近くにできた新しいスポーツクラブ、ジム、スタジオ、プール、入浴施設が揃っている。ここでは、会員にならなくても、自由に利用することができます。三人でヨガのクラスをして、プールで泳ぐ教育システムを使用したりして汗を流し、サウナでくつろいで帰ってきた。サッカーの試合を楽しむためのアイテムとして、サッカーユニフォームのことができるのではないかと思います。多くのサッカーチームがサッカーユニフォームを販売しているので、自分の応援するチームのサッカーユニフォームを購入することができます。サッカーユニフォームを収集している人もはあって、私服に導入している人もたくさんいます。
東京大学のおひざ元、東京都文京区本郷5、6丁目でこの夏、国内最古といわれる下宿と、2軒の老舗旅館が相次ぎ閉館した。戦前は下宿街として、戦後は旅館街として栄えた界隈(かいわい)に残る旅館はこれで4軒、下宿はわずか1軒。東日本大震災で修学旅行生のキャンセルが続出したことも、閉館への背中を押したという。
本郷5、6丁目は明治10年設立の東大と本郷通りを挟んで真向かいに位置することから広大な武家屋敷跡が下宿街となり、戦後は多くが旅館へ衣替えして旅館街となった。歌人の石川啄木ゆかりの旅館もある。
東大赤門のはす向かいで「赤門不動産」を営む稲本浩一さん(72)は「旅館といっても普通の旅館じゃない。修学旅行の子供か、政治家や官庁への地方の陳情団、皇居で除草や清掃をする勤労奉仕団の人たち…みんな団体だよね」と話す。
8月に入り、下宿「本郷館」が老朽化したとして解体工事が始まった。日露戦争があった明治38年築の木造3階建て。「高等下宿」として地方の資産家の子弟の東大生や留学生、中華民国初代総統の蒋介石や小説家の林芙美子らが暮らしたことで知られる。一方、半世紀の歴史を持つ「ふたき旅館」と、「旅館つたや」も閉館した。館主の一人は「残念に思ってくれる方もいるだろうが、解体後はマンションになる」と話す。
東京・本郷旅館協同組合によると、昭和30年代には小さな地域に十数軒の旅館があった。本郷通りに観光バスが15台ほど並び、修学旅行生相手の土産売りが自転車で来て、ひと財産を作ったほどだったという。
稲本さんは「だめになったのは東京五輪の後ですよ。代々木の選手村跡が修学旅行生を受け入れた。がくんとお客が減って旅館もやめてった」と振り返る。
昭和58年、千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園すると、再び子供たちがミッキーの土産袋を手に観光バスから降りてきて旅館街へ向かった。だが浦安にホテルが立ち並ぶとぱたっと来なくなったという。
今年3月の東日本大震災では、自粛ムードが広がり修学旅行の予約取り消しが相次いだ。稲本さんは、事務所のガラス戸から観光バスの消えた本郷通りを見渡して、こう話した。
「旅館跡がマンションになって人口が増えれば、活気が戻るのではないか。どんどんやめていっている個人商店はやめないで済む」
明治45(1912)年までに創業した「老舗企業」が都内に2328社あり、全国トップだったことが29日、帝国データバンクの調査で分かった。最古は貞和5(1349)年創業の和菓子製造「塩瀬総本家」(中央区)だった。
「塩瀬総本家」は、全国では20番目。全国で最も古かったのは飛鳥時代の578年創業の大阪府の建築業「金剛組」。都内で2番目に古かったのは、大永元(1521)年創業の和菓子製造「虎屋」(港区)。3番目は寝具販売の「西川」(中央区)と寝具・インテリア卸の「西川産業」(同)で、いずれも永禄9(1566)年だった。
老舗企業が多かったのは都に続き、大阪府(1272社)、愛知県(1271社)、新潟県(1120社)、京都府(1090社)の順。
帝国データバンクは「老舗企業には関東大震災や太平洋戦争の空襲を乗り越えた経験がある。東日本大震災という未曽有の災害に企業が直面するなか、老舗が歩んできた歴史に注目したい」としている。
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菅直人首相の後継を決める民主党代表選は29日、都内のホテルで党所属国会議員による投票が行われ、野田佳彦財務相(54)が決選投票の末に海江田万里経済産業相(62)を破り、新代表に決まった。野田氏は30日午後の衆院本会議での首相指名選挙で第95代、62人目の首相に指名される。組閣日は9月2日が有力だが、5日にずれ込む可能性もある。
野田氏は今国会が31日に閉会することを踏まえ、9月12日の臨時国会召集を検討している。菅内閣は8月30日午前の閣議で総辞職する。野田氏の代表任期は菅氏の残任期間の来年9月まで。東日本大震災の本格的な復興対策を盛り込んだ平成23年度第3次補正予算案の編成や原発事故の対応などが急務となる。
投票権者は小沢一郎元代表ら党員資格停止中の議員を除く衆参両院議員398人。1回目の投票では、海江田氏が1位だったものの、どの候補も過半数に届かなかった。野田氏は自身のグループに加え、菅首相のグループなどの支援を受け2位につけた。
決選投票で野田氏は前原誠司前外相の陣営など「反小沢」勢力を結集、鹿野道彦農水相の陣営が野田氏支持を決めたことで、海江田氏に打ち勝った。
野田氏は自民党の谷垣禎一総裁、公明党の山口那津男代表と会談し、第3次補正予算案などを含め今後の協力を要請した。国民新党の下地幹郎幹事長とは連立の継続で一致した。
【プロフィル】野田佳彦(のだ・よしひこ) 早大卒。松下政経塾、千葉県議2期を経て平成5年に衆院初当選。民主党国対委員長、財務相。54歳。千葉4区、衆院当選5回(野田G)
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